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01-05 IPv4アドレスの枯渇とその影響


現在のインターネットの姿は想定外

インターネットの元となっているテクノロジーは、米国の軍事利用目的で開発され、現在の姿のような世界中に張り巡らされ、無数に存在するあらゆるIPデバイス(*1)を接続することを前提として考えられたものではない。
元々限られた範囲のノードを収容することが前提のネットワークなので、個人が持つIPデバイス全てを接続する運用自体が「想定外」なのだ。

それが証拠に、IPネットワーク上で個々のノードを識別するIPアドレスを、IPv4では32ビットで表現している。
32ビットで表現できる最大数は約40億だ。全世界人口を70億人とすると、1人に1つの割り当てすらできないのがIPv4アドレスの設計だ。

ざっと身の回りを見渡しただけでもIPアドレス使用している(インターネット通信をしている)デバイスは、パソコン、携帯電話、スマートフォン、タブレット、ゲーム機、TV、ハードディスクレコーダー、ブロードバンドルーター、無線アクセスポイント... と1人1つ以上のIPデバイスを使用しているのが当たり前になっている。

そもそも1人1つの割り当て自体ができないIPv4アドレスにもかかわらず、1人複数のIPデバイスでIPv4アドレスを消費しているのだから、グローバルIPv4アドレスが足りなくなるのは火を見るより明らかだ。
更に、インターネットを構成するための中継装置であるルーター等のノードもグローバルIPv4アドレスを消費しており、その数も膨大な量のグローバルIPv4アドレスを消費している。

IPでの通信は、IPネットワーク上で各ノードがユニークなIPアドレスを持っている事が前提であるが、「インターネット」として世界を結ぶ通信網として解放された瞬間からこの前提が崩れる宿命にあったのがIPv4アドレスである。

 

IPv4アドレスの枯渇延命策

グローバルIPv4アドレスが足りなくなると、グローバルIPv4アドレスの割当てを受けられなかったIPデバイスがグローバルIPv4ネットワーク上での通信そができない事を意味している。つまりインターネットアクセスができなくなってしまうのだ。
この危機的な状況を打開するために様々な検討がされ、CIDR(Classless Inter-Domain Routing)やNAT(Network Address Translation)、ローカルアドレス等の「グローバルIPv4を延命する」テクノロジーと、インターネットに十分なIPアドレスを提供する「IPv6」が1990年代に提唱された。

CIDR登場以前のグローバルIPv4アドレスの割り当ては、クラスA(/8: 16,777,216 IP)、クラスB(/16: 65,536 IP)、クラスC(/24: 256 IP)単位での割り当てしか想定されておらず、CIDRの登場以前はたとえ個人であってもIPv4アドレスの割り当て要求をするとクラスCが持っている256 IPが必ず割り当てられていた。
IPv4利用が加速的に増え、クラス単位での配分をしていては、あっという間にグローバルIPv4アドレスが枯渇してしまうので、IPv4アドレスの消費緩和するために、/29等のクラスC未満のグローバルIPv4アドレス配布を実現したのかCIDRだ。

/29(8IP)の配給を受けた組織では、組織内の全ノードが配給を受けたグローバルIPv4アドレスで賄わなくてはならない。
割り当てられたインターネット上でユニークなグローバルIPv4アドレスを組織内すべてのノード割り当てる事は不可能なので、「インターネット」というグローバルIPv4ネットワークと「組織内」のローカルIPv4ネットワークを分離して、組織内で使用しているIPv4ネットワークでは、インターネット上では使用されないと予約された192.168.0.0等の「ローカルIPv4アドレス」を使用して、組織内部IPv4ネットワーク上のユニークさを保ち、インターネットと通信する時だけ、インターネット上でユニークな「グローバルIPv4アドレス」に変換するNAPTが一般的なスタイルとして定着するようになった。

 

グローバルIPv4アドレスの枯渇

この延命策が功を奏し、インターネット上で使用されるグローバルIPv4アドレスは、中央在庫機関であるIANA(http://www.iana.org)が在庫しているグローバルIPv4アドレスが2011/2/3まで維持することができた。
日本のグローバルIPv4アドレスを管理しているJPNIC(http://www.nic.ad.jp)では、日本独自の在庫を持たず、JPNICの上位管理機関であるAPNIC(http://www.apnic.net)在庫を直接割り当てており、APNICの在庫も同年の2011/4/15にグローバルIPv4アドレスの在庫が底をついた。

[ グローバルIPv4アドレス割当て組織 ]

JPNIC資料「IPv4アドレスの在庫枯渇に関して」(http://www.nic.ad.jp/ja/ip/ipv4pool/)より引用

約10年の延命ができたグローバルIPv4アドレスであるが、日本においても2011/4/15に公的なグローバルIPv4アドレス配布組織(APNIC)の在庫がなくなり、指定業者とISPが持つ流通在庫のみを残す「グローバルIPv4アドレス枯渇」に突入したのである。

新たなグローバルIPv4アドレスの振り出し出来なくなってしまったので、IPv4を使い続けるには、現在流通しているぐろーぱIPv4アドレスを使いまわす以外に手段がない。

 

最後の延命手段「LSN」

CIDRはグローバルIPv4配給速度を遅らせるための仕組みなので、CIDRがグローバルIPv4アドレス枯渇に対する役割は終え、残るIPv4アドレス延命策はNAPTのみとなった。

インターネット側からアクセスされる側である、いわゆる「公開サーバー」やインターネット上の中継装置には、インターネット上でユニークなグローバルIPv4アドレスを固定で割り当てる必要がある。

グローバルIPv4アドレスが枯渇したにもかかわらず、インターネットサービスは日々新しいサービスが生まれ強化されているので、グローバルIPv4アドレスの消費速度は加速する一方だ。
ところが、グローバルIPv4アドレスの新たな配給を受けることが出来ないので、新しいサービスの提供や、サービス増強のために必要なIPv4アドレスを新たに割り当てることができない。
グローバルIPv4アドレスの供給が滞ってしまうと、インターネット文化そのものが衰退しかねない危機的状況に陥ってしまう。

一方、固定グローバルIPv4アドレスを必要としていない一般家庭や小規模組織、モバイルデバイスにも動的ではあるが1つずつグローバルIPv4アドレスが割り当てられている。

固定グローバルIPv4アドレス不足を緩和するために、動的に割り当てられていたグローバルIPv4アドレス利用者を、ISPレベルのNAPT内に押し込み、今まで割り当てていたグローバルIPv4アドレスの替わりにローカルIPv4アドレスを割り当て、固定IPv4アドレス運用として必要なグローバルIPv4アドレス捻出するのがLSN(Large Scale NAT)だ。

[ LSNを使用しないインターネットアクセス ]

[ LSNのイメージ ]

 

LSNのダークサイド

今までグローバルIPv4アドレス延命に貢献してきたNAPTをISPレベルでも使用することで、消費されるグローバルIPv4アドレスの数は大幅に圧縮され、固定IPv4アドレス割り当てに回せるグローバルIPv4アドレスの数を確保するのである。

一見福音のようであるが、すでにグローバルIPv4アドレスは追加発行されないので、ISPが手持ちのIPv4アドレスのうちの一部を圧縮して空きを作っただけに過ぎない「延命措置」であることを忘れてはならない。延命措置である以上、遅かれ早かれLSNは破綻する運命にある。

一般家庭や組織でも使用されているNAPTは、ポート番号を使用して1つのグローバルIPv4アドレスに対して複数のローカルアドレスを割り当てる方式だ。
Webブラウザーを1つ開くと、数十のセッションを消費することになる。一度に複数のWebブラウザーを開いて、複数のサイトを閲覧することはよくある話だし、スマートフォンやパソコンでメセージングツールを起動しっぱなしにしていたり、ニュースのテロップ表示、天気予報、交通機関の運行状況等を複数のデバイス上で常時表示するような使い方は特殊な使い方ではない。
このように、1人が使用するセッション数は相当数ある。

NAPTではポート番号が使用している16ビット使用するので、これをフルに使用すると65,535セッションを1つのグローバルIPv4アドレスに収容することが可能だ。
家庭や小規模組織であれば余裕で問題にならない数値であるが、ISP単位でのNAPTとなると話が変わってくる。

複数の組織や家庭が1つのグローバルIPv4アドレスに収容されると言う事は、トータルセッション数が65,535を超えない範囲でしか集約しかできない事を意味している。
収容セッション数を超えた分の通信は破棄されるので、一部の通信ができない状況に陥るのだ。
地図サイトの地図表示が歯抜けになったり、Webサイトの写真な等のイメージや広告が表示されない経験はどなたにでもあると思う。多くの場合はサービスを提供しているサーバー側の問題が原因になっているのだが、過剰な状態のLSNではこのような事が頻繁に発生することになる。

このような事態にならないまでも、1つのグローバルIPv4アドレスに相当数のIPデバイスが収容される事になるので、ISP側で何かしらの対策をしないと、通信速度低下などの品質劣化にもなりかねない。

LSN運用をするにしても、どうしても複数のグローバルIPv4アドレスを消費せざるを得ない。固定IPv4アドレスとして要求されるグローバルIPv4アドレス数と、LSNを運用するのに必要なグローバルIPv4アドレスの総数が、ISPやデータセンターが保有するグローバルIPv4アドレス総数を超えた瞬間にLSNは破綻する運命にある。

また、ポート番号を使用しているプロトコルは、TCPとUDPしか存在しない。
Webアクセス(http/https)やメール(smtp/pop3/imap4)等のインターネット上でポピュラーに使用されている大半のプロトコルはTCP/UDP上に実装されているが、VPNプロトコルとして知られているPPTP(Point-to-Point Tunneling Protocol)やIPsecなど、TCP/UDP以外のプロトコルを使用している通信は、ポートの概念が無いため、NAPTを超える事が出来きず、LSN施行と同時に通信そのものが出来なくなる。

一見万能解のように見えるLSNも、有限時間を稼ぐだけの延命策でしかなく、企業が使用しているインターネットVPN等にも影響を与えるといった問題も含んでいる。

 

LSN 破綻後のインターネット

現在固定グローバルIPv4アドレスを取得しているので、グローバルIPv4アドレス枯渇問題とは無関係であると言い切れるだろうか?
実はこれが無関係とも言い切れない。

LSNが破綻し、利用者に対して次世代インターネットプロトコルであるIPv6アドレスしか割り当てらりれない状況になった場合、IPv4とIPv6は互換性が無いため、グローバルIPv4アドレスしか持っていない公開サーバーに対してアクセスできないという事態が起きる。

LSNがいつ破綻するのか、その際にIPv6/IPv4間の変換等の救済措置が提供されるのか現状不透明であるが、遅かれ早かれLSNは破綻する運命にある。
たとえ救済措置が提供されたとしても、限定的な救済であるかもしれないし、救済措置が提供されないかもしれない。

現在公開サーバー用に固定IPv4アドレスを持っているから、未来永劫大丈夫であるというわけではないのは確かだ。

この原稿を書いている2012年の翌年すぐにLSNの崩壊が起きるわけではないし、インターネット全体のIPv4が一気に破綻するわけでもない。
時間をかけてじわじわとIPv4は劣化し、まるで真綿で首を絞めるようにIPv4インターネットは崩壊をしていくのである。

 

リナンバーの落とし穴

盲点になっているのがリナンバー時の問題だ。

拠点移転、ISP/IDC変更、あるいは回線の品目変更は十分想定できる範囲内のビジネスイベントだ。
現在固定グローバルIPv4アドレスを持っていたとしても、これらのビジネスイベント時には「リナンバー」が発生する。

リナンバーとは、現在所有しているグローバルIPアドレス一度返却し、新たなグローバルIPアドレスの供給を受ける事だ。

同一ISP/IDC業者であっても、回線品目変更や拠点変更をした場合は収容する機材が異なるので、同じIPv4アドレスをそのまま異なった収容先に持っていくことができない。
仮に新しい収容先に持って行けたとしても、即時反映ではなく時間的猶予が必要になる事が予想される。つまり今まで持っていたグローバルIPv4アドレスでの通信ができない時間が発生する事を意味している。

ISPやIDC変更をする場合、新たに契約するISP/IDCがグローバルIPv4アドレス在庫を持っていれば、新しいグローバルIPv4アドレスの供給を受けることが可能だが、ISP/IDC手持ちのグローバルIPv4アドレスの在庫が尽きているとは、固定グローバルIPv4アドレス供給は受けられないことになる。

現在固定グローバルIPv4アドレスを所有しているからと言って、グローバルIPv4アドレスの枯渇が無関係ではないのである。

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*1:IPデバイス
利用者が直接触れることができるIPノードを便宜上「IPデバイス」と表現した

 

>> 01-06 IPv6とは何か?

 

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